未来の当たり前を前倒しで実現する
- 北川烈氏インタビュー
アクサ損害保険株式会社と提携し、新たなテレマティクス保険の開発を行うことで話題をさらっている株式会社スマートドライブ。
総務省がベンチャー企業による新事業の創出を支援する「ICTイノベーション創出チャレンジプログラム」の第一号案件として採択された注目の企業でもあります。
運転特性を計測するためのデバイスを無料で保険加入者に提供し、加入のハードルを下げるという試みは、業界でも類を見ないものですが、「車社会をビッグデータで変革しよう」というビジョンを掲げている同社が、なぜテレマティクス、ひいてはアクサ損害保険株式会社と協力してテレマティクス保険の開発に着手したのか。代表取締役の北川烈(きたがわ れつ)氏にお話を伺いました。
2015/12/24インタビュー
どのようなサービスを提供しているのですか?
手のひらサイズのデバイスを自動車のハンドルの下にある専用ポートに差し込むことで、データを収集し、解析した結果を携帯のアプリやweb上で確認できるシステムを開発しています。
アプリをチェックすることで、ドライバーは「危険な運転をしていないか」「どうしたら燃費がよくなるのか」といったフィードバックを逐一受けることができるのです。
従来ですと、テレマティクス用のデバイスとしてはドライブレコーダーやデジタコ(デジタル式運行記録計)など大きめかつ高価な車載器が主流でした。しかし、整備用のポートとして標準搭載されていたOBD2ポートを標準化する動きが進んだタイミングで、徐々に小型のデバイスを利用できるようになりました。またスマートフォンの普及により、常に人々が携帯しているスマートフォン側のセンサー類を活用できるようになってきており、低価格で高精度な情報を取得することが可能なデバイスが開発可能になってきています。
なぜ、テレマティクスに絞ってシステムを開発されているのですか?
私はもともと自動車業界にいたわけではありません。東京大学の大学院に在籍していた時、「どのようなデータを解析すれば大きなインパクトが与えられるか」ということを調べてみた所、医療や家電など、データ解析が役立つ分野はいくつかあったのですが、とりわけ大きな影響を及ぼすのは自動車業界だと分かりました。
テレマティクスの中でも、アクサ損害保険と提携して保険サービスの提供に至った理由は、「未来の車を作るよりも、今すでに走っている車を賢くしてあげる」というアプローチの方が現在は重要だと考えたからです。
自動車は頻繁に買い替える商品ではありませんから、自動走行など、たとえどんなにすごい機能を備えた自動車ができても普及に時間がかかります。事実、日本では買い替えに平均7.5年かかると言われています。
その点を考慮した時、やはり直近数年では今走っている車からデータを収集し活用する方が重要ではないかと判断しました。
サービスの利用はどのように広がっていくと考えられますか?
スマホを利用することになるので、最初のターゲットは20~40代前半になると思います。しかし、特定の層だけに受け入れられるサービスでは広がっていきません。単に車を購入するだけでなく、「自分の運転を可視化する」という認識が当たり前になっていけば望ましいですね。
普及にあたっての課題としては、「自分の運転を可視化する」ということのメリットを強く伝えていかなければならないということがあると思います。「安全運転をしていれば保険料が下がる」というのは、誰にとっても分かりやすいメリットの一例ですね。
他にも、「自動車の整備情報やガソリンの残量が把握できる」など、ひとつひとつの利点を訴求していくことが普及の肝になります。
テレマティクスの普及によって、交通や社会システムにはどのような影響があると考えられますか?
まだ社内での実験ベースではありますが、運転特性に応じて、ドライバーの職業や趣味などを予測するビッグデータをとることができます。また、現在普及しているカーナビでは、必ずしもリアルタイムの情報を活用しているわけではないので表示される道路情報と実際の現場の状況に齟齬が生じることがあります。ですから、気がついたら渋滞にはまってしまっていた……という状況もしばしばです。
渋滞などの情報をリアルタイムで取得することができれば、迂回経路をあらかじめ知らせることができますし、そもそも渋滞が解消することも可能です。
また、自動車を購入すると、保険料や車検、ガソリン代などで年間40万円程度は飛んでいってしまいます。整備や買い替えのタイミング、安いガソリンスタンドの場所など、少しでも購入後のコストを抑えられるよう、データによって最適化していきたいと思います。
なぜアクサ損害保険と協力して、テレマティクス保険のローコストモデル構築に挑戦されたのでしょう。
正直、ローコストモデルが難しいとは感じていません。今後20年、世の中が変わっていくと言われていますが、予測される大きな変化として「製造業がサービス化していく」ということが挙げられると思います。
たとえば、自動走行車を無料で提供し、その先のサービスで利益を得ようという流れが出てきています。モノ自体で儲けようとしていないのです。
ですから、弊社もデバイスだけを売り切るのではなく、集まってくるビッグデータを他のサービスに活用するという方針で初期費用のローコスト化に向けてチャレンジしていきたいと考えています。
日本を挙げてテレマティクスが進んでいく可能性はありますか?
あります。2020年の東京オリンピックを控え、国土交通省主導で進められている混雑や渋滞の緩和に向けた議論の中では、「自動車情報の利活用」がテーマとして挙がっています。
さらに、自動車メーカーの視点で考えると、「製造業のサービス化」を目の当たりにして危機感を持ってはいるものの、当然ながら競合他社の自動車情報は把握できないため、結局縦割りのサービスになってしまいます。
そこで必要になってくるのが、信頼できるオープン・プラットフォームです。取得したデータを預け、メーカー・保険会社関係なく利用できるような仕組みをつくりたいと思います。
今後のビジョンを教えてください。
社会的に必要不可欠なインフラを、土台として支える企業でありたいと考えています。世界に知らない人はいないFacebookのような企業か、人々が使う様々なサービスに広くプラットフォームを提供しているOracleのような企業かで例えれば、後者を目指しています。
アクサ損害保険と提携して打ち出すテレマティクス保険では、サービスの裏で情報を解析し、運転特性や整備情報を加入者に向けて発信できるようにするのが私達の役割です。
テレマティクス保険は、「優しい運転をすれば保険料が下がる」というだけでなく、ビッグデータをうまく利用することによって事故・渋滞の減少につながります。
加入者の方には、是非その点も意識していただければ嬉しいですね。
まとめ
北川氏の「今後20年で、製造業がサービス化していく」という言葉は、自動車業界だけでなく利用者たるドライバーの未来も示唆しています。テレマティクス保険の開発は、その端緒といえるでしょう。
北川氏は、「あと5~6年、東京オリンピックの開催時期と重なる頃には、テレマティクス保険がより国内に広まっているだろう」とも述べています。
誰もが「安心・安全・安価」でいられる車社会の到来が、もうすぐそこまで迫っているのかもしれません。
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プロフィール
北川 烈
キタガワ レツ株式会社スマートドライブ
代表取締役CEO
慶応義塾大学卒業。大学在学時より国内ベンチャーでのインターンを経験。
その後1年間の米国留学を経て、帰国後に東京大学大学院へ進学。2013年10月に株式会社スマートドライブを設立。
※役職は取材当時のものです。