2020/02/20
「猫コロナウイルス」の変異により、若齢の猫に多く発症する「猫伝染性腹膜炎(FIP)」。発症原因や症状、予防方法について、獣医師の三宅先生にうかがいました。
—猫伝染性腹膜炎(FIP)とは、どのような病気なのでしょうか?
発症の原因は「猫コロナウイルス」ですが、このウイルスは感染してもほとんど病原性が無く、あっても軽い下痢程度です。日本にいる多くの猫に感染経験があると考えられています。
しかし、体内に入ったウイルスがある時何らかの理由で突然変異し、強い病原性を持つ猫伝染性腹膜炎ウイルスになってしまうと、重篤な症状を起こします。
—猫コロナウイルスは、どのようにして伝染するのでしょうか。
経口感染です。空気感染はしません。親猫が感染していたり、感染している猫と毛づくろいをし合ったりすると、感染する可能性があります。
—すべての猫コロナウイルスが変異するわけではないのですよね。なぜ一部のウイルスが変異するのでしょうか?
現在のところ、明確な理由はわかっていませんが、考えられる原因としては二つあります。一つは感染したウイルスの病原性によるもの、もう一つは猫自身の免疫状態です。
—猫コロナウイルスに感染してから猫伝染性腹膜炎ウイルスに変異するまで、どれくらいの時間がかかりますか?
それも、現時点ではわかっていません。
—発症しやすい年齢はありますか?
3歳までの猫での発症率が高くなっていますが、中には高齢で突然発症するケースもあります。
—品種についてはどうでしょうか?
それについては、明確なエビデンスはありません。純血種に多いという報告もありますが、ほとんど差がないという論文もあり、はっきりとはわかりません。
—一匹の猫が猫伝染性腹膜炎になったら、他の猫も病原性を持つウイルスに感染してしまうのでしょうか?
コロナウイルスは水平感染しますが、突然変異したコロナウイルスは通常水平感染することはないと考えられています。ですから、多頭飼育をしていて一匹が猫伝染性腹膜炎を発症したからといって、すぐに隔離する必要はないです。
—犬にもコロナウイルスはありますが、同じ症状になるのでしょうか?
同じコロナウイルスという名前でも、宿主によって症状が異なります。犬はコロナウイルスに感染すると胃腸炎になりますが、猫のように強い病原性は持ちません。
—猫コロナウイルスが人間に感染することはありませんか?
種を超えて、人に感染することはありません。
—猫伝染性腹膜炎を発症すると、どのような症状が出るのでしょうか?
猫伝染性腹膜炎の症状には、大きく分けて、「ウェットタイプ」と「ドライタイプ」の2種類があります。
ウェットタイプは、炎症によって腹水や胸水が溜まります。
ドライタイプは、腎臓や肝臓などに肉腫(しこり)ができます。脳や眼球などに症状が出ることもあります。
—猫伝染性腹膜炎かどうかは、どのように診断されますか?
この病気は、「この検査をすればわかる」といった確定診断の方法が無く、症状や生活環境、色々な検査をして相対的に判断するしかありません。
ウェットタイプであれば腹水や胸水を抜いて検査をすることができますが、ドライタイプの場合はそれも難しく、診断に非常に時間がかかります。また、そもそも症例によって症状がかなり異なることも多いのです。
なかなか病名が確定しないと飼い主さんも不安になりますが、猫伝染性腹膜炎については診断に時間がかかるということを、ご理解いただく必要があるでしょう。
—猫伝染性腹膜炎には、効果のある治療法があるのでしょうか?
有効な治療法はありません。病気は治りませんが、溜まっている水を抜いたり、炎症を抑えるステロイド薬を飲んだりなど、苦しみを和らげる方法を飼い主さんと相談しながら決めていきます。
—猫伝染性腹膜炎が、猫の免疫力や体力で自然に治ることはありますか?
この病気は不治の病のため、自然に治癒することもありません。なかには「治った」と言われる方もいらっしゃいますが、残念ながら、実際には症状の似ている別の病気であった可能性が高いでしょう。
—猫伝染性腹膜炎を発症したら、必ず亡くなるのでしょうか?
発症して数週間から数ヵ月、長くても1年程度で死を迎えてしまいます。
—猫コロナウイルスについての予防接種はありますか?
猫コロナウイルスのワクチンは今のところありません。
—猫伝染性腹膜炎にならないための予防方法はあるのでしょうか?
そもそもの原因である、猫コロナウイルスに感染しなければ、発症することはありません。コロナウイルスに感染していない両親から生まれ、ウイルスのない環境で室内飼育されれば、猫伝染性腹膜炎を発症することはないでしょう。
また、すべての猫コロナウイルスが変異するわけではありません。変異の原因の一つとして、過度な多頭飼育や無理な出産、飢餓状態などによるストレスが考えられていますので、そのような状態は避けてください。
残念ながら、猫伝染性腹膜炎になってしまったら治療法はなく、長生きを望むこともできないのが現状です。
愛猫が猫伝染性腹膜炎だと診断されると、飼い主さんの中には藁にもすがる思いでエビデンスのない民間療法を取り入れようとする方もいます。
すべての獣医師が民間療法に詳しいわけではありませんが、もし何かを取り入れようとするなら、事前に獣医師に一言相談してください。
もし愛猫が猫伝染性腹膜炎だと診断されたら、症状を緩和するためにできることを、かかりつけの獣医師とよくご相談ください。